私はできます。やれます

タイトルにある通りなんですが

ひと昔前の人は、面接のときに「わたしはできます。やれます」と

言えと言ってましたが

ほんとかなぁ

 

結局自分の首を絞めることになるんじゃないかなぁ?

 

確かに、やってるうちにできるようになればいいけど

最初から難易度たっかいの任されて、

放置されて、時間が過ぎて行って、

検索しても、何パターンかためしても、自力で頑張ろうと思っても

できなくて、何もできないままで終わってしまった場合

 

期待外れだったと、、、

 

若いのがなんでもかんでもできるって言ってたのですが

分からないことをわからないままで終わらせるのは

非常によくなのでは??

 

聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥

 

とかいう言葉もあるし

 

自力でやるのは大切だけども、まあ、、、その時々で変わるかな、、、

でもね、年長者には年長者なりのノウハウがあると思うわけです

 

言った手前できないというと、がっかりされるだろうという余計な考えが邪魔をして

教わらないのは罪にならないかな、、、

 

いろいろなソフトはあるけれど

基本的には共通項もあるし

無料ソフトもそれなりに使い勝手がいいから

 

そこで私はあのソフトしか使いませんといったところで

ためになるんだろうか、、、

 

私もあるんですが、プライドが邪魔して

理想を高く持ちすぎて着地点がおかしくなることがしばしば

 

結局どこかでそれを落としていかなければならないね

現実として

 

あとは、苦手な人、そりが合わない人とも話は聞くときはちゃんと聞くということかな

 

うんうんうなずいてるだけでは、聞いてるアピールにはなっても

さて、意味は理解できましたかといわれたときに

分かりませんじゃ今までの時間は何だったのかとおもってしまう

 

まあ、愚痴になりましたがそんなことを思った次第です

 

暇なのでぼちぼち書きました

 

おわり