開き直るという事の大事さ

今日はのんびりできるので、思ったことを書こうかな

 

私自身、昔は他人に合わせないといけない

同じ考え方をしないといけない、数学などでもあるように

方程式に則ったやり方をしなければならないと、脅迫的に思っていました

 

今日は家に客が来たので話しましたが

今の世の中は、個性が重要視され、やり方は問わないで

結果を残せればいいというような雰囲気になっているねという話題をし

さて、個性とは何だと物思いしていました

 

個性が他人と違っているとどうしても陥るのが

精神の不安、生活の不調、外面的関係への不信

 

というのは、私自身精神的には健康でないので色々あるのですが

やはり他の患者さんと接していて思うのが

この患者さんが抱えている不調は、やはり個性が強く

周りになじめないことからくる不調ではないかとたびたび思うんですよ

 

(身体的な方に対しての思いではないのであしからず)

その話はここで置いておくとして、いずれかければ書きます

 

それでまあ、パソコンの検索方法、ソフトウェアの使い方

人の操作方法後ろから見てて思うのが、やはり人それぞれの解決方法があるなと

どのやり方が悪いのかそうでないかという訳ではなく

各個人にあった手段がある

 

さて、最短で行く場合は決まった手順を踏まないとダメな場合もありますが

例えば包丁、猫の手で支えるのは基本ではありますが

わたしは猫の手ができません 指をそろえたままきります

学生のころ、同級生とピクニックに行き

その同級生の親御さんが言ったのが、

 

「無理に猫の手にすると、

 なれなくて怪我をするから、やりやすいようにやりなさい」

 

いまは納得、昔は同意できませんでした

 

決まったやり方は確かにある、

しかし、自分でやりやすいようにやらないと

おそらく余計に時間がかかるか、ミスをする、、、

 

いや手順は大事、しかし個性が取りざたされる現代

解決方法は何パターンかあって導き出せればいい

 

そこでまあ大幅に話はそれましたが

大昔の私ならば、

 

「この時はこう発言しなければならない、

 この方法はこうでなければならない、

 人として、こういう生き方をしなければならない」

 

とか考えてたと思いますが、だいぶ開き直って

「ふふふーん、私はこうおもいますー♪」

と気軽に発せるようになりました

人というものは人生の経験値があってそっから学ぶのではないかな

 

あの人はああいう言い方するから敵を作るんだ

と思っていても、清い社会人だもの、、、聞き流さなければならん

ていうのは、そこで誰かしらから痛い仕打ちを受けて気がつかなければ

何も気が付かないのだろう

逆に指摘された人は幸せな思いをしているという事になる

 

学生の頃にそういう経験をしておいたほうがいいね

試してみないと痛みも幸せもわからない

 

他人から与えられた幸せに「はい、ありがとうございます☆彡」

の一言で済ませて、

挙句の果てには「私が不幸なのは、環境が悪い」

 

という人間にはなりたくない

ので、以前も書きましたが「ゆるく頑張る」の精神

不幸ならば、考えを切り替えるきっかけを作らないと

永遠と不幸になるという自分の思考の果てに至りました

 

個性個性というけども、人間いろいろある

私は私だと思い、今日も生きていきます

長々と失礼しました

 

【デジタル】「ジェーンバーキン途中」イラスト/8054@練習中 [pixiv]

 

美人を見つけて模写しました

それでは